今から、30年以上前の話。
まだ、ボタンでロックされる車のキーが一般的でなかった時代。
車のキーは、鍵穴に差し込み、回すタイプだった。
ある会合に出席した帰り、喉が猛烈に渇き昼食を過ぎていたこともあり、目についた喫茶店・駐車場に入った。
渇きと空腹で、些か慌てていたに違いない。
そこで、車のエンジンをかけたままドアをロックする失態をやらかしてしまった。
私の顔は青ざめ、冷や汗がたらりと落ちた。
夏真っ盛りの生ぬるい風も強烈な日差しも感じなくなる程、動転した。
このまま、ドアを開ける事が出来なければ、どうしよう!
当時は、JAF(日本自動車連盟)に入会していなかった。
炎天下の午後、駐車中の軽いエンジン音を聞きながら、数分が空しく過ぎた。
しかし、天の救けは訪れた。
針金を窓の隙間に差し込み、ドア開閉に繋がる部分に引っ掛け、上に持ち上げ外すやり方を思い出したのである。
自分でやった事はなかったが、知人が開錠した様子を記憶していた。
直ぐ、喫茶店に駆け込み、事情を話して針金状のモノを貸してくれるよう頼み込んだ。
店主や授業員は、良い方々で、ビニールを巻いた針金ハンガーを差出してくれた。
お礼を言ってハンガーを受け取り、車に急いだ。
試行錯誤しながら、15分ぐらい経過しただろうか?
カチリと開閉に繋がる部分が持ちあがる感触があった。
希望が見えたと感じた。
持ち上がった箇所をさらに動かすと、ドアは開錠した。
その時の嬉しさは、言い表せない。安堵と感謝が一度にやってきて、立ち竦んでしまった。
我に返り、ハンガーを貸してくれた店の方々にお礼を申し上げた。
お店では、近くの自動車販売店に連絡する準備も整えて下さったようだ。
重ねて感謝を述べ、店頭のかき氷だけを買い、ハンガーを記念に貰って駐車場を出た。
車を走らせてから漸く、暑さと渇きと空腹が戻ってきた。
しかし、帰宅するまで車から降りれなかった。
無事帰り着いて半年以上、ドアロックから救ってくれたハンガーは、お守りがわりに車中にあった。